ワサビの話(その1)
森林資源課 倉谷 幸作

 今回から4回に分けて日本人にはおなじみのワサビについて書いてみます。ご存じのとおりワサビは刺身、握り寿司、そば等にはなくてはならない物になっています。
 また薬味だけではなく、人の健康にも大いに役立つ植物であることも解ってきました。このようなことから、このワサビについて見つめ直すことでワサビの意外な一面も見えて来るかも?。

第1回目は、ワサビの語源と栽培の起源
ワサビとは?
ワサビは日本原産でアブラナ科に属する多年生植物で、全国各地の冷涼な山間部の谷間に自生しています。学名をWasabia Japonika Matsumuと言いWasabiaはワサビに由来し、Japonikaは日本のと言う意味で、まさに日本原産が学名に使われています。
 主に根を香辛料として利用しますが、葉や若葉、茎もワサビ漬けなどに利用するなど全草が活用できる無駄のない植物です。
 ワサビには涼しい山の中で栽培される「畑わさび」と清流に作られたワサビ田で栽培される「沢わさび」があります。どちらも種類は同じワサビで、栽培環境による呼び方のちがいで区別しています。

ワサビの登場はいつ頃?
 ワサビが登場する文献は「本草和名ほんぞうみょうわ:918年」と言う平安時代に記された本が一番古いとされています。この薬草辞典にによると、深山に生え、銭葵ぜにあおいの葉に似ていることから山葵やまあおいと書いて「ワサビ」と読むのだと紹介されています。
 その後ワサビが登場するのは鎌倉時代に編纂された「古今著聞集」の中にワサビが自然の中にたくさん生えている様子が書かれています。またワサビは精進料理の汁の実として使われたと言います。室町時代になるとワサビを食用としていろいろな使われ方をし、さらに江戸時代にはワサビをはさんだ握り寿司が考案されました。

ワサビ栽培の始まりは?
 慶長時代(1596〜1615年)に静岡県の阿部川上流の有東木うとぎという村で、村人が自生のワサビを採り、井戸頭という湧き水に試験栽培した。これが以外にも良く育ったので、村人たちは村内のあちこちの谷川の水を引いて小規模な栽培をするようになったと言われています。
 ちょうどその頃駿府城で隠居生活をしていた徳川家康のもとに、有東木の庄屋からワサビが献上されました。家康はそのワサビの何ともいえない風味を絶賛し、ワサビの大ファンになったそうです。そして有東木のワサビを門外不出の天下の御法度品にしてしまいました。その理由は、徳川家の紋所は「三つ葉葵」であり「山葵」とは葵の文字が入るためとも言われています。なんとも勝手なご隠居さんですね。
 その後延享元年(1744年)天城湯ヶ島の山守していた板垣勘四郎と言う人が時の伊豆代官斉藤嘉六郎の命を受け、シイタケ栽培の指導に有東木に派遣されました。その帰りに村人からワサビの苗をもらって持ち帰り、これを繁殖させ天城山地で栽培したのが始まりです。


ワサビの形態

 次回に続く。


 
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